第一章 私はアトピー 2

2 アトピーという身体と心

 

私の病気で証明される東洋医学や中医学

 

   東洋医学や中医学的にみると、私の病気になった順番は、これまさしく表裏一対の根拠ありというところのようですが、だからと云って、どこが悪いと、どこが弱くなるから気を付けてと云われても、現実的でない方法で、かえって全体のバランスを崩すことになる除去方法しかないのが現状でした。一般的に、好きな食べ物が食べられなかったり、あまり楽しくない生活を強いられたりと、生活の延長上でない健康法をわざわざ時間を割いて行うしかなく、自然の中で、生活の一部として、薬草を煎じたくても現代人には自分で栽培する土地もなければ時間も費やすことができないという声が聞こえてきそうです。身体が弱ければ、転地療法という、自然の中で暮らすことが良いくらい誰でも想像できます。ところが病気の人に限ってこういいます。“分かってはいるけど、仕事を止めることもできないし、暮らしていけないからしょうがないんだ”と。分かっていながら実行しないというのは、これはもう、自虐的な行為なのです。暮らしていけないということにしておくことで逃げておいて、現在の暮らしを変えないで、薬に頼って身体をだましだまして、毎日を過ごしているのです。それでは、その身体そのものがむしばまれて、その身体そのものがあやうくなってしまうのですよと、お伝えしておきましょう。良い教育を受けるには、子供の学校が田舎だと困るなんて、もう論外の話です。何が大事かをよく考えてください。子供の身体か?子供の学校か?アトピーからでは、生死の話が創造できないかもしれませんが、身体と心のバランスが取れないまま成長すると、精神がまともについていきません。つまり、生きていても悲観して、自分の人生に生きた心地がしないままの時間を過ごすということです。簡単なことで説明しましょう。少し極端ではありますが、熱がありインフルエンザで、うなって過ごす一晩が毎日続くと考えてください。じんましんになった人はそれが毎晩だと思ってみてください。毎日身体が痒くてイライラしたまま過ごすことに耐えられないくらい皆さんも、お分かりになるでしょう?

   アナフィラキシーショックなどは、実際に生死にかかわります。そんな生死に係る程の身体の悲鳴を聞いていても、尚も薬に頼り、給食で子供がパニックを起こしたと学校のせいにしたり、病院のせいにしたり、子供の悲鳴の声を耳にすることを避けているかのようです。田舎に行きましょう。まず、自然の中に身をよせるのです。

 

感覚で覆われた身体“感覚器むきだし人間”

 

   私は小さな頃、蕎麦で吐き気を催すほど反応していました。蕎麦が好きな子供は多いですよね。なのに、兄弟が蕎麦好きでも、私はうどん。蕎麦饅頭も好きではありませんでした。子供のころから、大人になるまで変わらずでした。しかし現在では、多少の農薬入り蕎麦でも問題なく食べることができ、ざる蕎麦も蕎麦饅頭も大好きなメニューになりました。そうなったのは、自分自身で行う減感作療法とでも云いましょうか?少しづつ食べられなかった蕎麦を食べ、徐々に慣れていったのです。何故、減感作療法なんていう言葉も知らなかった素人の私が行えたのか?それには理由があります。人知れず私自身の特出した感覚器の反応の感度が良かったということと、怖いもの知らずのチャレンジャーであったということです。くれぐれも極端な私の方法は、皆様にはお勧めできかねないことを添えておきますが、この蕎麦は、食べられそう、これは食べられない、そう感じたら、必ず成分のチェックをします。そこで気が付いたことなのですが、蕎麦に含まれる抗炎症作用や血流改善効果であるルチンなどの栄養成分が、食品に含まれる農薬等の内分泌撹乱物質になるモノを我々に伝えるがゆえに起こる反応であると気が付いたのです。一般的にはルチンに含まれる蕎麦アレルギーの原因タンパク質が問題とされていますが、特に小麦の割合が多い蕎麦のほうが、反応が出やすいのです。蕎麦以上に小麦の影響があることに気が付きました。つまり沢山の外来の小麦です。収穫後の農産物に使用する殺菌剤、ポストハーベストによる影響です。それらの農薬に反応しているのは、免疫が高く滋養食品である蕎麦自身。そこに気が付いたのです。私はありませんが、ゴマやナッツ類も同じ事が云えるでしょう。徐々に、十割蕎麦で無農薬蕎麦であれば、問題がなくなっていきました。身体の反応が激しく、思い込みの強い人は、身体に反応ブロックが出来ていて、少々のことでは、回避できない癖を作っている人もいるので、徐々に改善することをお勧めいたします。なんでも食べられて、自分で量を調整できる身体は、便利ですよ。

 

   私が育った福岡という所は、田舎も近所にありますが、都会でもあるという複雑な場所で、大陸から黄砂もやって来て、今では、黄砂に交じって沢山の化学廃棄物が風に乗ってやってきます。洗濯物は風のない天気の良い日に干せますが、大体お家の中に干すといった具合です。最近出回っている、ちょっと高めですが、イオン式等の乾燥機も必要かなと思っています。

 

   ところで、化学繊維が身体に及ぼす影響を皆さんはご存じですか?海外進出の盛んな某メーカーのポリステル混紡、フリースタイプで価格の安いふわふわの繊維。とても柔らかくて、気持ちの良いものです。私も先日、化学繊維を極力排除してから10年ぶりに、お休みの日の家着兼パジャマとして、購入して着てみました。肌への影響は、以前のように着ただけで皮膚に反応こそ出なかったのですが、(つまり以前は来ただけで湿疹が出たと云うことです)半日着ていて、10時間超す辺りから、頭痛がある自分に気が付きました。すぐさまオーガニックコットンの部屋着をまとい、平常に戻ったのですが、私自身非常に驚いています。頭痛なんて年間に何回もないのに…。安くてかわいくて、ふんわり心地よい製品なのに…。残念ですが、短い時間着ることにします。

 

   無農薬で育った綿、オーガニックコットンというネーミングは、かなり浸透してきましたが、まだまだ、衣服を変えることがアトピーに効果的だとは知られていません。この素材の心地よさを、アトピーの方はぜひお試しください。赤ちゃんは、涎掛けや、おむつ、下着を変えるだけでもかなり効果があります。女性の生理時に、オーガニックコットンの布ナプキンにすることは、非常に大切です。後のページに出て来る経皮毒を防ぐ意味でも、心理的な心地よさの面でも、また、生理と云う体内のシステムで、本来の女性のリズムを思い出させる為にも必要です。

 

   石油系の化学繊維も、植物性の合成繊維に近いような製品にすることが出来るようです。株式会社ホワイトマックスという会社を経営する私の大好きなご夫婦が、大阪で、ある処理を施したプラスチックを作っています。このプラスチックは、食品の鮮度を保持してくれたり、酸化を防いでくれたり、電子レンジの影響を受けずに使用出来たりします。また、発酵食品を作るのにとてもいい具合に食品の発酵を補ってくれたり、と良い事尽くめなのです。近頃、化学繊維に混ぜ、シーツや下着、腹巻などの製品も出来ています。私も愛用していますが、皮膚への影響も、頭痛にもなりません。それどころか心地良くて、ついその製品を手に取ってしまいます。オーガニック素材の製品に比べると、ふわふわ感こそありませんが、今後の改良で、まだまだ良い製品になって行かれることでしょう。綿生地に比べて、乾きが早かったり、ダニが住みにくく、清潔感があります。

 

   植物系の合成繊維で、環境的に問題がなく先行しているのは、竹繊維です。非常に吸収性が高く、ふんわり感があり、近頃、女性用の布ナプキンも開発されました。少々繊維がサラサラで、安定感がないことと、水分を吸収して、重く感じるのが難点ですが、肌の影響はないようです。

 

   しかし、同じ植物系の油脂を使った製品化には、まだまだ山積みの問題があり、植物をエネルギー化することは、ブラジルのトウモロコシ畑などに見られる森林伐採等の自然破壊を生み、除草剤や農薬散布で環境ホルモン(内分泌攪乱物質)をまき散らすことにつながります。麻製品のように、歴史的背景や、使用方法の豊かさや栽培速度の速さ(竹製品も早く土地も無駄になりません)がある資源に限って、西洋でなく、東洋にあるもので、西洋文明が先導している近代には、不向きだったのでしょう。しかし、今、我々日本人が本格的に考えて動く時代が来ているに違いありません。竹、麻、その他にも素晴らしい資源が、この日本を始めとするアジアには眠っています。三菱財閥が、明治維新以降、力を入れていた楠木の樟脳油等は、セルロイドの資源で、全世界に輸出され、日本を豊かにしてきました。ところが、敗戦が進むにつれ、石油を買う方側にまわってしまいます。歴史の背景に流されたまま、政治のまき沿いを負ったままの文明は、私たちの頭と手で、末端から変えて行くことが今後必要であると思います。国や他人のせいにしたり、TVや大衆が支持しているからと頭から信じるべきではありません。物事を決めていくのは、各個人が自分に責任を持って考えて決め、選んでいくべきでしょう。

    

    ちょっと地球上のアトピーの話へと飛躍してしまった向きがありますが、話を戻しましょう。このように私は、ちょっとしたことで反応してしまうアトピーの身体。感覚器むき出しの私はいちいち面倒くさい身体ですから、身体の調子が悪くなるにつれて、心も淀んでしまいます。かゆみがあると集中できずにイライラしたり、頭痛があると落ち込んだ気分になります。その私の苦しみはどこへも持って行きようがありません。おそらくこの状態になった本人しか分からないでしょう。

 

   アトピーという身体とこころを、感度の良い感覚器で覆われた私は、“感覚器むきだし人間”そのものでした。そして、生きていても悲観して、自分の人生に生きた心地がしないままの時間を何十年も過ごしていたのです。

…Mao撮影in台湾…

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